この、「神となえ」に残された「謎」があります。
何やら謎めいたこの「神となえ」の呪文は、約700年の間代々、口伝で伝えられました。口伝と言うのは、文字に書き起こさず、口から口へ親から子へ、子から孫へと伝えられる伝承の事です。
文化3年(1806年)写しの「思玄和尚自筆本」に、田遊びの詞章が文字で残されています。これらは歴史的にみて、大変貴重な資料です。
しかし200年前の記録のため、今では分かりにくく、口伝を書き写した文字は全て判明できるものばかりではありません。
その中の「神となえ」の部分を抜き出してみました。
(説明のため、数字でNoを追記してあります)
神となへ
1 けんしこくほかうくわんしや
2 せうこく岩室雨の宮
3 いちの宮は大ほさつ
4 かうミやうこくうそう
5 秋葉くすの天子よん
6 はるの山ハ大しやく
7 おひハ千手観音よん
8 日坂のことのまいはちうこしよん
9 あわがたきハ正観音
10 はゝちとうハ金山
11 くちらをかの大明神
12 はふくらきようまん大ぼさつ
13 おきへ出てのなをばなん
14 七色八色ミつの大じやよん
15 しろわハしんこん大ほさつ
16 九十九疋あらこま
17 ひいじきひちりきひこの宮やん
18 お高松ハ大明神
19 そうさのなをばなん
20 山へのほりたもわん
21 小笠ハ三社ごんげんよん
22 我山へようかうせしめたまわん
23 白山ミやうりこんけんよん
24 金剛とうしまてもなん
25 ちらいらとろろん
上記の「思玄和尚自筆本」(1806年)の記録の「神となえ」を、2025年現在、筆者が理解できる限り、土地名やお寺や神さま仏さまの名称を現代語として記載したものが、下になります。
神となえ
1 けんしこくは かうくわんじゃ
「けんしこく」は遠州国のことか? 「かうくわんじゃ」=「こうかんじゃ」は国府(こう)とすると、府八幡宮(磐田市)のことと推測される。
2 ちょうこく 岩室天ノ宮
「ちょうこく」は不明。「岩室」は磐田市豊岡にある遠州最大規模の山岳修行の寺、岩室寺のことか。(獅子ヶ鼻公園内 岩室廃寺跡)
3 一ノ宮は 大菩薩
「一の宮」というのは、森町の小国神社か。「大菩薩」は不明。
4 光明山は 虚空蔵
「光明山」は、天竜市二俣の光明山。「虚空蔵」は光明寺の本尊、三満虚空蔵菩薩。
5 秋葉はくすの 天子よん
「秋葉」とは秋葉山。「くすの 天子よん」は不明。
6 春野山は 帝釈
「春野山」とは春埜山の大光寺。「帝釈」は大光寺の本尊である三尊天のうちの帝釈天。
7 大尾は千手観音よ
「大尾」は大尾山の顕光寺、顕光寺の本尊は「千手観音」である。
8 日坂のこうとのまいは 龍王神
「日坂のこうとのまい」とは、日坂の事任八幡宮。「龍王神」は不明だが、事任八幡宮には竜宮の神が登場するクジラ山の伝承が伝わる。
9 淡ヶ岳は 正観音
「淡ヶ岳」とは、掛川市の栗ヶ岳。「正観音」は栗ヶ岳中腹にあった無間山観音堂のことか。観音堂の本尊は十一面千手観音菩薩。
10 ははらとうは 金山
「ははらとう」「金山」とも不明。
11 鯨岡は 大明神
「鯨岡」は不明。「大明神」は金谷の巌室神社のことか?平安初期創建で、当時は巌室大明神と呼ばれていた。
12 はぶくらきょうまん 大菩薩
「はぶくら」が島田市初倉のことならば「きょうまん」は初倉にある敬満神社のことか。「大菩薩」は不明。
13 おきへ出ての なおばなん
「おき」は、御前崎の沖(太平洋上)のことか。御前崎沖には駒形神社の御神体である御前岩があり、山岳信仰の修験者が行う「春の入峯修行」のルートだった。
14 七色八色みつの 大社よ
言葉の意味、所在ともに不明。
15 白羽は 真言大菩薩
「白羽」とは、御前崎市白羽の白羽神社か。「真言大菩薩」は不明。
16 九十九疋 あらごま
「九十九疋 あらごま」とは、御前崎町市の駒形神社のこと。駒形神社の神様は、99匹の神馬とともに伊豆の国から渡ってきたが、御前崎の沖合で神馬が疲労で海中に沈み、御前岩 (駒形岩)と化した、という伝説がある。
17 ひいじき ひちりき ひこの宮
言葉の意味、所在ともに不明。
18 お高松は 大明神
「お高松」は、御前崎市の高松神社。「大明神」は不明。
19 そうさの なおばなん
「そうさの なおばなん」、「そうさ=総社」とは磐田の淡海国玉神社のことか。
20 山へ登りたもわん
どの「山」をさすのか不明。小笠山(小笠神社)のことか。
21 小笠は 三社権現よ
「小笠」は旧小笠郡か小笠山。「三社権現」は三熊野神社か。
22 我山へようこ せしめたもわん
「我山へようこ」我山とは法多山のことか。我山へようこそ。ここから法多山内の神を唱えることになるようだ。「せしめたもわん」は不明。
23 白山妙理権現よ
「白山妙理権現よ」は法多山本堂の東、白山神社にまつられる神様の名、妙理権現。
24 金剛童子 までもなん
「金剛童子」は密教の修行者を守護する神様で白山修験で非常に重視されたので、白山神社に関わりがあるのではないか。
25 ちいらら いいらら とろろん
言葉の意味不明だが、囃し言葉のようなものか。
※赤字は参考文献、袋井市教育委員会の調査書『法多山の田遊び』内の尾崎富義氏による「詞章とその解説」、浅羽郷土資料館特別展『遠州の霊山と山岳信仰-その源流と系譜-』の山本義孝氏による解説と法多山住職よりのヒアリングを元とした、筆者の調査による推測を含む考察です。