聴く者の心の中の優しい心を目覚めさせる、美しい風鈴の音色で境内がつつまれます。真言宗では、鈴は仏様に音色をお供えし、私たちの心の中の普段は眠っていた、優しく、清い心を目覚めさせてくれます。
法多山尊永寺のある袋井市では、毎年「遠州三山風鈴まつり」が催されます。
一般的に「なぜ風鈴を飾るのか?」というと、古くからお堂の四方に風鐸(ふうたく)と呼ばれる鐘形の鈴を飾り、魔を払うとされています。
また、法多山尊永寺の宗派である真言宗では、「鈴」というのは大きな意味を持ち、御詠歌の時にも必ず鈴を鳴らして詠唱されます。
鈴には大きな意味が二つあります。
一つは、美しい音色を鳴らすのは、仏様に対する「おそなえ」の一つと考えられています。これはお香を焚く、様々な食物などを仏様にお供えする、ご真言を唱える、と同じく、仏様に対して美しい音色を差し上げお供えし、喜んでいただくという「音のお供え物」としての鈴の音の意味合いがあります。
もう一つの風鈴の意味合いは、驚覚(きょうがく)と呼ばれ、驚き目覚めることを指します。これは私たちの心の中にある、ありがたい仏性、つまり仏様のこころ。日々の暮らしの中で忘れていた優しい心、清い心を目覚めさせる力が鈴にはあるとされています。
鈴の美しい音色は、諸尊を歓喜せしめ、我々の眠れる仏心を呼び覚ますのです。
例えば、「菩提心」という、日々努力して素晴らしい人間になろうという心。「大慈大悲」と呼ばれる、世の為、人の為になろう、人には優しくしようという慈悲の心。それらが鈴の音を聞くことでハッと呼び起こされる。
真言宗の密教において、鈴は非常に大きな意味をもつものです。
法多山の境内に色とりどりに飾られた美しい風鈴を見上げ、その下を歩く時、一瞬の風により響き渡る美しい鈴の音。
その音色を全身に浴び、「美しい音色だな」と思った時に、心は清らかになり、気分が良くなることでしょう。
美しい音色を聞き、嬉しい気分になった時に「人に優しくしようかな」などと、いつもより少し違う、自分の中の美しく優しい心、いつもは眠っている「仏心」が目覚める。
それは仏様が風を通して鳴らしてくださった鈴の音が、あなたの心を目覚めさせてくれたのかもしれません。